【仕事場は地球#10】「スカイライナーの車中で2週間分の約束をキャンセル」――緊急支援出動メンバー・小林葉月

世界各地で人道支援の仕事をするピースウィンズ・スタッフの連続インタビュー。今回は、普段は東京にある海外事業部で総務(労務)を担当しつつ、国内外で緊急事態があれば真っ先に現地に飛び込む緊急出動要員でもある小林葉月に話を聞きました。2023年9月モロッコ大地震、2024年9月台風ヤギによるベトナム豪雨災害、2025年1月ロサンゼルス森林火災、3月岩手県大船渡市の山林火災、8月台風15号による静岡竜巻被害、9月から10月にかけてのフィリピン大地震と11月の台風被害など、毎回、環境も状況も違う現場に向かうのが「性に合う」と言う一方で、必ずしもこの仕事を目指していたわけではなかったとも言います。そのあたりも聞いてみました。
「あの食料は朽ちていくのかな〜」
――どこかで何かが起きた時にすぐ出動する生活というのは、日頃からいろいろ備えているのですか?
小林:いや、それが実はあんまり準備していないんです。パスポートとある程度の現金とピースウィンズのロゴの入ったシャツはまとめてあります。必要なもののリストは頭の中にあるので、事務所に来てパッとそろえて出ていくことはできます。でも特にそれ以上のことはしていません。
――冷蔵庫に食料がいっぱいの時にいつ帰れるかわからない緊急出動がかかると困りますね。
小林:これまでに2回、1週間分の食料を買いためた翌日に出動がかかったことがあります。1回は友達に受け取ってもらいましたが、もう1回は「あ〜、あの食料は朽ちていくのかな〜」と思いながら出かけました。でもまあ元々ミニマリストを目指して身軽に暮らしているので、そう困ることはありません。この間は「今日は同僚とライブを聴きに行くから残業しないぞ〜」と、のほほんと出社したら、10時ごろにフィリピン行きが決まって17時の飛行機に乗りました。
成田空港に向かうスカイライナーに乗り込んだ時にほんの少しだけひと息つきます。いつもスカイライナーの中で行く先の国のことを調べつつ、その先2週間くらいの約束をキャンセルする連絡を入れます。最初は丁寧に謝っていましたが、最近は相手もわかってくれているので、あっさりした連絡で済ませています(笑)。
――どんな経緯で緊急出動メンバーになったのですか?
小林:会計の勉強をしていたので、2019年にピースウィンズに入った時は、当時海外事業部で扱う金額が一番大きかったイラク事業の会計担当になりました。その仕事で2023年にイラクに出張して戻った時、土曜日だったのですが、海外事業部長から連絡が来て「(大地震の起きた)モロッコに行けますか?」と聞かれました。緊急支援なんてやったことがなくて何も知らない状態で、自分に何ができるのか不安だらけでしたが、「行きます」と答えていました。
日曜日に事務所で必要なものを準備して、月曜日に出発していました。それから3週間くらい、本格的に事業を始めるために現地提携団体を探すなど、アフリカ地域マネジャーにひとつひとつ教えてもらいながら、体で覚えていきました。「今、現地にとって必要なものは何だろう?」「足りないものは何だろう?」と必死で考え続けました。それは、今も、どの緊急支援の現場に行っても同じです。
私にとってのこの最初の緊急支援から帰った時、事業部長に「あのタイミングでよく行ったよね」と笑いながら言われました。「これでもう、いつでも行ける人ってわかったよ」とも。

会計のない世界はない
――今では事務所内で「緊急出動のプロ」と目されていますが、元々それを目指していたわけではなかったとか?
小林:ずっと公認会計士を目指していたので、最初は会計士になるまでの数年間の仕事のつもりでした。勉強と両立しながら働くなら興味のあることをやろうと思って探して、ピースウィンズの会計担当募集を見つけて、短時間勤務を許してもらって働き始めました。
5年くらい仕事しながら勉強も続けましたが、結局試験に合格できなくて会計士は諦めました。ただ、その過程で非営利組織に対する法人税についての論文を書いて修士号を取ったり、今は財務分析で修士論文を書いたりして、別の目標も定めて地道に勉強は続けています。決めたことはやりたい性格なので、ちょっと意固地になっています(笑)。
――公認会計士の試験の何が苦手だったのですか?
小林:丸暗記が苦手なのと、答がひとつしかないテストというものに向いていないんだと思います。体を使ってやってみて、ようやくわかるタイプなんです。
――そもそも、どうして公認会計士を目指したのですか?
小林:大学2年の時にヨーロッパとモロッコを半年くらい旅をして、旅する生活が好きだとわかったんです。旅を諦めない人生のためには手に職をつけようと考えて、選んだのが公認会計士でした。会計のない世界はないですから。
――なるほど。で、今はまた別の資格試験の勉強をしながら、海外事業部で総務や労務の仕事をしているわけですね。
小林:はい。すべての事業に通じる総務の仕事を担当しているので、現地で駐在したりそれぞれの地域ごとに事業を担当している人とはまた違った視点が持てて、それもおもしろいと思っています。
元々、事務仕事はまったく苦じゃないんです。自分が何かをするよりは、尊敬する人の支えになりたいと思うタイプなので。とはいえ、去年の秋から携わっているフィリピンの事業では、今年から名ばかりですが現地事業責任者も兼務するなど、事業を担う視点も加わってきています。セブ島がこんなに深く自分の人生に絡んでくるなんて、思ってもいませんでした。

――いろいろな立場から人道支援に関わって、やりがいを感じるのはどういう時ですか?
小林:私、「支援者」という感覚がないんです。支援の現場で一所懸命になれるのは、人と人との対話が好きだから。10年くらい前に読んだ本に、「傷を負った人間は間に合わせの繃帯が必ずしも清潔であることを要求しない」という一節があって腑に落ちました。私がやっていることは、とりあえずの止血帯でしかないかもしれないけれど、「間に合わせの包帯」くらいにはなれるのかな、と思います。
ところで、この一節ずっとヘミングウェイで読んだと思っていたんですけど、改めて書き留めていたノートを見たら、三島由紀夫の『仮面の告白』の中でした。すごい勘違い!このノートに、大切にしている別の言葉も書き留めてありました。『ツァラトゥストラはかく語りき』(ニーチェ)の一節です。
「あなたがたの徳のなしとげる全ての行為は、消滅する星にひとしい。(中略)その行為が忘れられ、影響がなくなっても、その光はなお生きていて、旅をつづける」。
私の座右の銘です。
小林 葉月 こばやし・はづき
幼稚園から中学校までシュタイナー教育を受ける。立教大学現代心理学部を卒業後、会計士の予備校を経て2019年にピースウィンズに入職。会計大学院より修士号取得。2025年3月からフルタイムで働いている。
【取材・文】
草生 亜紀子(くさおい あきこ)
The Japan Times記者、新潮社『フォーサイト』副編集長などを経て独立。ピースウィンズ海外事業部の業務を行いつつ、フリーランスで執筆や翻訳をしている。著書に『理想の小学校を探して』『逃げても 逃げてもシェイクスピア』、中川亜紀子名での訳書に『ふたりママの家で』がある。
