【ウクライナ】戦争で言葉を失った子どもに寄り添う専門家
戦争が続くウクライナには、極度のストレスなどから話すことが難しくなった子どもや言語障害を抱える国内避難民がいます。こうした人々を支援するために、ピースウィンズは地元NGOであるエレオス・ウクライナと連携して、首都キーウから西に約220キロのジトーミル州ズヴィアヘル市で、臨床心理士と言語療法の専門家(speech therapist)によるリハビリテーションを実施しています。活動の拠点となっているのは、戦争の影響を受けた女性や子ども、近隣で暮らす国内避難民や地元住民を支援する施設「ファミリーハブ」。ここで活動するリナさんに話を聞きました。リナさんは、ウクライナ国内でも数少ないこの分野の専門家です。

子どもや若者はストレスの影響を受けやすい
――ロシアによる侵攻を受けて5年目に入った現在のウクライナにおける言語障害の問題や、「ファミリーハブ」での言語聴覚士の役割について教えてください。
私は長年、言語障害のある人々に対して専門的な支援とサポートを提供してきましたが、戦争によってこの問題がより深刻化していると思います。極度のストレスと恐怖は言語障害の悪化につながるだけでなく、ロシアが侵攻してくる前は言語障害を患っていなかった子どもたちにも障害を発症させる原因となっています。子どもや若者は非常に脆弱で、ストレスの影響をとても受けやすい存在です。戦争に関連するストレスや恐怖は、言語発達の遅れから吃音まで、様々な言語障害を引き起こすことが知られています。
こうした状況のため、昨年から今年にかけて私のような言語聴覚士の需要が急速に増加しています。私の仕事もとても忙しくなりました。多くの言語障害はストレスやトラウマによって引き起こされるため、「ファミリーハブ」では児童を専門とする臨床心理士と連携して活動しています。
――ズヴィアヘルで言語療法を最も必要としているのはどのような人たちですか?
私がここでリハビリを実施するのは、大半がハルキウ、ドネツク、ザポリッジャといった前線付近から避難してきた3歳から16歳までの子どもです。爆発などによる極度の緊張やショックの影響で言葉を失った子もいれば、発達障害や言語障害のある子どもを抱えた国内避難民のお母さんが相談に来るケースも数多くあります。
例えば、スラビャンスク(注:ドネツク州の都市で、2022年2月の侵攻開始以降、現在でも頻繁に攻撃を受けており、今年2月10日には爆撃により11歳の少女を含む3人が死亡した)から避難してきた3歳の男の子も担当しています。母親によれば、近くで起きた爆発の後、息子がほとんどしゃべらなくなったそうです。口を開いても言葉にならない音を出すか、「うん」「いや」くらい。
――子どもにそのような言語障害の兆候がみられたら、周囲はどうすればよいのでしょうか。
自然に治ることはほとんどないので、すぐに専門家に相談したほうがいい。そして何より重要なのは、子どもにプレッシャーを与えないこと。周囲が心配して、無理して話をさせようとすることは逆効果です。一度この「ファミリーハブ」に足を運んでもらえたら、子どもに明るく話しかけ、私と一緒に楽しく過ごしたいと感じられるような雰囲気を作ることを心掛けています。
――リナさんは「ファミリーハブ」でどのようなリハビリを行なっていますか?
まずは発音の真似から始めます。それも遊ぶような感覚で。例えば「カエル」や「ネズミ」など、子どもが興味を持つような動物の絵を見せて、私が発音する口を見せながら、一緒に発音を促していきます。

数回のリハビリで変化が現れる子がいる一方で、数年かかる子もいます。それでも継続することが必要です。そのためには、親にとっても子どもにとっても、守られていると感じられて、リラックスできる環境があることをわかってもらうことが重要です。病院の診察室のような冷たい雰囲気ではなく、子どもがまたここに遊びに来たいと思えるような環境作りが重要です。

これからの課題
――活動をする上で、どのような課題に直面していますか?
希望者の数がとても多く、できるだけ多くの方々を受け入れたいのですが、すべての希望にこたえられていません。戦時下にあって、それだけ多くの人が言葉の問題を抱えているということだと思います。「ファミリーハブ」の活動を知り、ズヴィアヘルのみならず、国内各地から言語障害のある子どもを抱えた人々からの問い合わせがあります。
また、子どもだけでなく、ウクライナには音声矯正から脳卒中後の言語回復といった問題を抱える成人も数多くいます。「ファミリーハブ」では受け入れていませんが、戦闘のストレスや脳の物理的な損傷により言語障害を抱えている退役軍人も多く、彼らへの対応も大きな課題となっています。
更に言うと、ウクライナにおける言語療法は、近年急速に発展している分野ではあるものの、残念ながらまだ発展途上です。皮肉なことに、言語療法に関するほとんどのメソッドはロシアで開発されたもので、専門書の多くはロシア語で書かれています。でも(ロシア語と同じ)キリル文字を使う言語ではあっても、ウクライナ語には独自の子音・母音や記号があるのです。ウクライナ人向けの専門書を増やす必要があります。

――日本の人々に伝えたいことはありますか?
このような施設を整備していただいて、日本の皆さんには心から感謝しています。特にこの「ファミリーハブ」には、関係者の専門性と細部へのこだわりによって、他に類を見ない空間が実現しています。
言語療法の専門家としては、日本における言語療法がどのようなものか、大変興味があります。戦争が終わったら、日本の専門家と交流をしてみたい。言語療法の回数や良い結果が得られるまでの期間、乳幼児に早期言語発達を促すための方法や就学前に言語発達レベルをどう評価するかなど、日本の状況について聞いてみたいことがたくさんあります。

前線から遠く離れたズヴィアヘルでも、他のウクライナの地域と同じく連日空襲警報が発出され、毎日長時間の計画停電が行われています。記録的な寒波の中にありながら、停電すると「ファミリーハブ」では暖房が停止します。そのような過酷な環境下にあっても、リナさんが常に前向きで快活なのが印象的でした。ピースウィンズは「ファミリーハブ」活動を通じて、こうした方々を引き続きサポートしていきます。(インタビュアー:モルドバ事務所 久貝隆介)
※この事業は、外務省からのNGO連携無償資金協力や皆様のご支援で実施しています。

