【ウクライナは今】帰路は遠く、戦禍に生きる“日常”。ウクライナに生きる人びとの声を聞く

2022年から始まったロシアによるウクライナ侵攻は、まもなく5年目を迎えようとしています。長引く戦火の裏でウクライナの人びとは今、どのような生活をおくり、この4年間で心境はどのように変わったのか。そして今、願うこととは。現況を知るために、2025年10月、日本と台湾のピースウィンズスタッフはウクライナを訪れ、駐在員とともに私たちの支援地の様子や支援団体、協力団体の活動を視察。ウクライナに生きる人びとの声を聞きました。
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「仮の住まいがあってもそこは“自分の家”ではない」

最初に、ウクライナ北西部のズヴィアヘル市で、ピースウィンズが地元NGOと連携して運営する保護支援拠点「ファミリーハブ」を訪問しました。ここは、地元住民や避難してきた人びとに対し、法律相談、心理カウンセリング、生活支援、ビジネス・起業支援など総合的なサービスを提供する施設で、今年5月にオープンして以来、これまでに4,000人以上に支援を提供しています。

前線がある南部のヘルソンから逃れて一時的にズヴィアヘルに身を寄せている国内避難民のひとりアラさんは「自分の家の枕がいちばん柔らかい」というウクライナのことわざを引用し、仮の住まいがあっても“自分の家”とは呼べない寂しさを語りました。
政府が用意した避難者向けの居住地区はインフラが不十分で、地域サービスや交流の場をもっと増やしてほしいといいます。
「片足を失った。でも“自分は幸運だ”」

戦争が始まり、家計を支えていた男性が従軍したため、多くの家庭で収入源が断たれました。女性と若者が家計を担うケースが増えたため、ファミリーハブではビジネス講座やワークショップを開催し、職を探す女性・若者の自立を後押ししています。
戦場の記憶や故郷を離れて暮らす苦しみ、長期間にわたる空襲警報下での生活は、住民にとって大きな心理的負担になっています。ファミリーハブの責任者ナタリアさんによると、現在3名の心理カウンセラーが常駐していますが、女性・子ども・若者・退役軍人など多様な人が相談に訪れ、ほぼ毎日予約でいっぱいだといいます。
退役軍人は、戦争体験が価値観や考え方に変化をもたらし、社会復帰が難しくなるケースがあります。引きこもって家から出なくなる人もいれば、感情が不安定になり家族と衝突しやすくなる人もいて、こうした状況は離婚率の上昇にもつながっています。施設では法律相談も提供しており、社会保障を受けるためのサポートや、避難の際に身分証明書を失ったなどの相談に応じています。

ファミリーハブでお話をお伺いしたユーリさんは、元船員です。戦争が勃発すると志願して軍隊に入りましたが、任務中に不運にも地雷を踏んでしまい、片足を失いました。
それでも、彼は「幸運だった」と話します。退役後に生まれ故郷で現在の妻と出会い、軍属の心理療法士だった彼女の支えで前向きにリハビリに励み、苦難に向き合うことができたからです。今は施設支援を受けながら、退役軍人で構成されるスポーツサークルで、障害の有無や年齢にかかわらず誰でもできるアダプティブ・スポーツの普及に取り組んでいます。
11月には、ピースウィンズが整備を支援したファミリーハブの新拠点がオープンしました。さらに多くの住民の支援につながることが期待されています。
「長期化する戦争で私たちは忘れ去られている」
今回の視察では、ロシアの侵攻を受けた直後に激しく攻撃されたキーウ州のイヴァンキウ近郊の村で、女性向けの移動診療サービスを展開するチームも訪問しました。遠隔地に位置するこれらの村々では、住民が病院のある町まで通院するには、時間も費用も重い負担になります。
2022年秋に始まった移動診療チームは、基礎医療の不足に加え、ロシア軍の侵攻後に現地の女性が不当な扱いを受け、性暴力の被害に遭った可能性にも着目。首都キーウから来た婦人会と心理カウンセラーを5人乗りの小型車で各村に送り、診察とカウンセリングを行っています。
今回訪れたときは、廃院となった元病院を借り、村長宅の暖房設備を借りて診察を実施。30代の女性から 85 歳のおばあさんまでの幅広い世代が10km離れた村からも駆けつけ、診察待ちの列ができていました。
この取り組みは、地域の女性たちに自身の健康管理への意識を高めるきっかけとなりました。健診と心理カウンセラーとの対話を組み合わせることで、戦争がもたらした悲しみや怒り、落ち込みを和らげ、自身の心の傷と向き合う場となっています。
住民は、「戦争が長期化するにつれて支援団体も減り、私たちのような辺境の村は忘れ去られがちだ」と訴えます。今回のピースウィンズの訪問で、国際社会がウクライナの人びとに引き続き想いを寄せていることを実感し、「見捨てられていない」と思える心の支えになったといいます。
「戦争は恐ろしいと教えられた。その現実を今、わたしたちは体験している」

ピースウィンズの事務所があるドニプロでは、大学の学生寮を転用した2カ所の避難所を訪問しました。
そのうちひとつは、主に高齢の単身者や移動が困難な人が入居する施設です。1階ロビーと交流室は日常の憩いの場で、入居者同士が廊下や部屋に集まって談笑する姿が見られました。
一時的な滞在のための避難所ではありますが、高齢者の居住期間に制限は設けていません。もともと一人暮らしだった方や転居が困難な方にとっては、ここが長期的な生活の場所となります。このためピースウィンズは、車いす利用者や歩行器を利用する高齢者や障害者の方も快適に生活できるよう、避難所の浴室入り口を拡張したり、手すりを設置するなどの整備を行っています。また、地元の理学療法士と連携し、入居者の方の健康維持のための運動療法支援も行っています。
ドローンに破られた避難所の天井

もうひとつの避難所も大学寮を改装した施設ですが、2025年4月16日にドローン攻撃を受け、天井の一角が崩壊。窓ガラスも破損しました。
特に浴室の被害は深刻でした。窓が破損したため換気ができず、床は滑りやすく、壁には水滴が結露していました。一部のシャワー設備は故障して水漏れしており、利用者にとって非常に使いづらい状況です。
最上階へ上がると、かつてランドリールームだった部屋があります。天井に大きな穴が空いて鉄筋がむき出しになっており、冷たい風が絶えず吹き込んでいました。

住民のオレナさんは、家族と共にここで暮らしています。ドローン攻撃のあった日は、空襲警報を聞いて部屋から飛び出し、ランドリールーム近くの階段に向かいました。階段を下り始めた後に大きな衝撃を感じ、間一髪だったと振り返ります。
オレナさんは子どもの世話をするのが大好きで、ここに来る以前は幼稚園の先生として働いていました。幼稚園で子どもたちと過ごし、一緒に遊んだ日々を今も懐かしんでいるといいます。ここでは同じ仕事を見つけることはできませんでしたが、空いた時間には同じ避難所に住む子どもたちの世話を手伝っています。

「私たちは小さい頃から戦争は恐ろしく、災いだと教えられてきました。でも結局、その現実を自分たちが体験することになったのです。そのつらい想いを子どもたちにさせてしまっていることがとても悲しく、言葉になりません」
そう涙ながらに今の心情を語りました。
戦火は止まず、いまだ多くの国内避難民が漂流

ロシア・ウクライナ戦争は、今なお収束する兆しが見えません。今回の視察の中で、自己紹介の際、多くの人が「私は IDP(国内避難民)で、故郷は○○です」という表現で話していました。
長期化する戦争で、多くの人びとが故郷を追われ、一時的に身を寄せられる場所をさまよっています。国際移住機関(IOM)の 2026 年1 月時点のデータでは、ウクライナの国内避難民は約339万人に上ります。
ウクライナ東部ドニプロペトロウスク州パブロフラードの一時避難所は、避難民が退避の過程で最初に到着する場所となっています。前線から退避してきた人びとを短期的に受け入れ、健康診断、書類手続き、給付金支給などの支援を提供しています。前線の不安定な情勢と厳しい寒さに伴い、2026年には、この一時避難所だけで少なくとも 20 万人がさらに避難してくる見込みです。

今回の視察で、私たちはウクライナの人びとが日常を取り戻そうと懸命に生きる姿を見ました。新天地に根を下ろすことを選んだ人もいれば、終戦後に故郷へ戻ることを願う人もいます。故郷の思い出を語るときの懐かしい眼差しと悲しみの涙が、戦争の残酷さと非情さを物語っていました。
戦争の傷跡は人びとの記憶に深く刻まれています。今回出会ったウクライナの人びとの声は、戦禍の中でかけがえのない日常を維持することがいかに困難なことかを教えてくれました。戦争によって破壊された家や混乱した生活が元に戻るには、長い時間と資源が必要です。
ピースウィンズは、戦火に苦しむウクライナを支え、現地の人びとが暗雲を抜け出すまで寄り添い続けていきます。

