ガザ和平交渉の行方|停戦に向けてイスラエルとハマスが「第1段階」合意

2023年10月に始まったパレスチナ自治区ガザでの戦闘終結に向けて、大きな前進がありました。アメリカのトランプ大統領は日本時間9日朝、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、イスラエルとガザ地区実効支配勢力ハマスの双方が和平案の第1段階で合意したと発表。合意を受けてすべての人質が解放されるとともに、イスラエルの部隊がガザの一部区域から撤退し、ガザへの支援が再開するとしています。
この合意が、激しい攻撃と飢饉にさらされてきたガザ地区の人びとに平穏をもたらす端緒となるのか――。これまでの経緯を踏まえて、今後の見通しを探ってみます。
ガザでの多大な犠牲と、今回の合意の意味
ガザ地区では、2007年から長期にわたる封鎖が続き、2023年10月7日にはガザを実効支配するハマスとイスラエル軍の大規模な衝突をきっかけに戦闘が激化。完全封鎖されたガザに住む人びとは深刻な人道危機にさらされ、この2年間で少なくとも6万7,000人以上が死亡しました。
国連の調査によると、人口の90%にあたる約178万人が人道的危機と言われるレベル(IPCフェーズ4)以上の栄養失調に苦しみ、そのうち64万人が壊滅的飢饉(IPCフェーズ5、最高レベル)の飢えに苦しんでいます。また、イスラエル側にもこれまで2,000人近くの犠牲者が出ていると報じられています。
これまでも、一時休戦や停戦に向けた交渉は断続的に行われており、2023年11月と2024年1-3月には一時休戦が実現しました。いずれもガザ地区内のイスラエル人人質とイスラエルに拘束されているパレスチナ人囚人を釈放し、その間は双方による攻撃を一時停止するという内容で、その期間内に、2023年11月の休戦中にはさらなる延長が、2024年1-3月の休戦中には恒久的な停戦の実現に向けた交渉が行われてきました。しかしいずれも途中で破棄され、大規模な攻撃が再開されてきました。
停戦に向けて周辺国による仲介の動きなどもありましたが具体的な進展はなく、ガザの状況が悪化の一途を辿るなか、国際社会は何もできないという状況が続きました。
そのなかで今回は米国の仲介により、イスラエルはガザから部分的に撤退し、ハマスはイスラエルに拘束されている数百人の囚人と引き換えに、残りの人質を全員解放する、という内容で停戦合意が結ばれました。ひとまず、これまで2年間に渡りガザ地区の人びとの生命を奪っていた無差別攻撃と封鎖が停止される可能性は見えてきました。しかし、まったく楽観視できる状況ではありません。
一刻の猶予もないガザの人道状況
今後の注目点として、まず合意が滞りなく履行されるかが挙げられます。トランプ氏はFOXニュースのインタビューで、人質は早ければ米国時間13日に解放されるとの見通しを示しました。人質の解放が予定通り行われ、それを受けてイスラエル軍が合意通りに撤退し、支援物資の搬入が再開できる状況になるよう、仲介役となったアメリカ、カタールやエジプト、そして国際社会が、迅速な合意の履行を両者に働きかけていくことが求められます。
なによりガザの人道状況を一刻も早く改善することが喫緊の課題として挙げられます。国連は、2025年8月、北部ガザ市が、世界で5例目となる飢饉(飢饉の最も危険なフェーズ)に陥っていることを発表(中東では初)。今この時も、ガザに暮らす多くの人びとが、暴力や破壊、飢饉の犠牲となり、命の危機にさらされています。国際支援機関や各国の支援団体が綿密に連携し、すべての人に十分な援助が1日も早く行き渡るよう、迅速に支援活動にあたる必要があります。
ピースウィンズは、2015年からガザで支援を行ってきました。情勢が悪化した2023年以降も、人道支援活動が制限されるなか、安全な水の提供や食料支援などできる限りの援助に取り組んでいます。ガザの人びとを救うため、状況の変化に対応しながら、引き続き全力を尽くして活動にあたります。
【現場からの誓い】停戦合意という節目を迎えても、私たちの役割は変わらない
この度、停戦合意が発表され、ガザ地区の現場では「もう無差別爆撃に怯えなくていいかもしれない」「飢えに苦しまなくても良いかもしれない」「避難生活を終え、自宅のあった地域に戻れるかもしれない」そのように安堵する様子が見られます。
しかし、ガザ、そしてパレスチナの人びとが、最低限の尊厳と安全を取り戻し、これからの人生を歩んでいけるのか、大切な故郷の復興に取り組めるのか、そして、人生に希望を見出していけるのか、すべては不透明なままです。
何より私たちが決して忘れてはならないのは、この二年間で失われた市民の命は二度と戻ることがないということ、そして、大切な家族を、友人を失った人びとの心の傷が癒えることもないということです。
今年の10月、停戦交渉の進展が報じられるなか、ガザ地区の関係者は私に電話で、かつてなく強い口調でこう言いました。
「停戦したからといって、それですべてが片付くわけではない。家族全員を空爆で一瞬のうちに殺され、自分も大けがをした5歳の男の子のこと、覚えてる?彼はどうやってこれから生きていくの?彼がその悲しみ、怒りを抱えたまま大きくなったら、一体どんな大人になると思う?」
私は何も言葉を返すことができませんでした。
パレスチナとイスラエルでは、約80年に渡りたくさんの人が傷ついてきました。国際社会の努力によって幾度となく和平への兆しが見える度に、その希望は裏切られ、人びとはさらなる絶望を味わってきました。先行き不透明な停戦合意ではありますが、今度こそこの合意を、パレスチナとイスラエルの人びとが対等な立場で、平和裏に共存するための第一歩としなければなりません。
ピースウィンズは2015年から、この地で紛争被害者に寄り添い、彼らが命を繋ぎ、将来に少しでも希望を持って生きていけるための支援を行ってまいりました。停戦合意という節目を迎えても、私たちの役割は変わりません。「平和をあきらめない」集団として、最も脆弱な立場に立たされた人びとに、支援を届け続けます。
ピースウィンズ・パレスチナ事業責任者
矢加部 真怜
