【ウクライナ】「見えない難民たち」を支える市民団体 ─ 寄稿:写真家 渋谷敦志さん
ピースウィンズ・ジャパンは、ウクライナ国内で提携団体「VostokSOS」と連携して侵攻の影響を受けた人々の支援を続けています。
今回、ウクライナを訪れVostok SOSの活動を取材してくださった写真家の渋谷敦志さんにご寄稿いただきました。
渋谷さんの撮影された現地の写真と共にご覧ください。
「人間らしく生きる権利が守られている状態」を「平和」と呼ぶのなら、それは戦車や砲弾だけで得られるものではありません。不条理な武力行使や著しい人権侵害が起きている現場で、人間の生命と生活をギリギリのところで支えるには、ごく普通の市民たちの役割が大きい。昨年の12月、ウクライナ東部と南部の現場を取材して、改めて考えさせられたことです。
北東部ハルキウ州のロシア国境に近い町では、ロシア軍から解放されて3ヵ月が経った後も、電気、ガス、水道など生活に欠かせないサービスは断たれたままでした。戦闘は収まっても、平和はひとりでにやってきません。代わりにきたのは零下10度を下回る冬。町の市民ホールでは、占領を生き延びた住民が支援物資を受け取りに集まっていました。親ロシア派だった市長は逃亡し、行政が機能しない中、ライフラインとなっていたのは地元の市民団体でした。「占領下、砲撃の最中も支援物資を車で町に運び込み、避難する市民を市外へと送り出していました」と、団体のメンバーであり住民のナディア・ノビツカさんの言葉が印象に残っています。
支援物資を運ぶボランティア団体。ハルキウ州スタリ・サルティフ
中南部ザポリージャ州と東部ドネツク州の前線に近い町では、砲撃の爆発音がとどろく中で、恐怖と寒さに震えている人たちに出会いました。ロシア軍の占領地までわずか3、4キロの町にはもともと1万5千人ほどが住んでいましたが、今残るのはその1割。高齢や病気で避難が難しかったり、金銭的余裕がないなど、様々な事情を抱える市民が、10ヵ月にもわたって地下での避難生活を強いられていました。見るだけで涙がこぼれそうな過酷な状況でした。そんな生きるか死ぬかの瀬戸際の人たちに、危険を顧みずに食料や医薬品、衣服や暖房設備などを届けていたのは、軍隊ではなく、市民団体でした。マリウポリからの避難者が立ち上げた団体がそれで、創設者のゲナディー・モクヘンコさんは、「次はクリスマスプレゼントを戦車で運んでくるよ」と、冗談を交えて住民を励ましていました。
学校に地下にある避難所。ドネツク州ベリカ・ノボシルカ
ドネツク州を含むドンバス地方では今も激戦が続いていますが、いよいよ限界が来て、比較的安全な西部などに避難する「国内避難民」に手を差し伸べていたのもまた、現地の市民団体です。2014年、ロシアによるドンバス地方併合を機にできた「Vostok SOS」は、ピースウィンズを含めた国際人道支援組織と提携しながら、侵攻の犠牲者への支援を続けています。約800万ともいわれる国外への避難民のことを知る機会は日本でもあります。一方、ウクライナ国内での避難民の数も600万人はいるという国連の推計もあります。しかし、現地に行けないこともあり、実態はよくわからないのです。そんな「見えない難民たち」の困難に直に触れ、その人たちがどのような思いでいるかを誰よりもよく知っているのが、現地で奮闘する市民団体なのです。
ドンバス地方からの避難者を診るVostok SOSの医療スタッフ
戦争は長期化の様相です。他にも重大な人道危機が発生し、ウクライナへの関心はどうしても低下していきます。そんな中でも、何かのかたちで支援できないかということでしたら、人間らしさを満たされていない人たちを支える人たちを支えることもまた、戦争に反対し、平和をつくり出す主体的な行動だと、私は思っています。
写真家 渋谷敦志 氏
1975年大阪生まれ。立命館大学産業社会学部、London College of Printing卒業。高校生のときに一ノ瀬泰造の本に出会い、報道写真家を志す。大学在学中に1年間、ブラジル・サンパウロの法律事務所で働きながら本格的に写真を撮りはじめる。大学卒業直後、ホームレス問題を取材したルポで国境なき医師団日本主催1999年MSFフォトジャーナリスト賞を受賞。それをきっかけにアフリカ、アジアへの取材をはじめる。著書に『今日という日を摘み取れ』(サウダージ・ブックス)、『まなざしが出会う場所へ——越境する写真家として生きる』(新泉社)、『回帰するブラジル』(瀬戸内人)、『希望のダンス——エイズで親をなくしたウガンダの子どもたち』(学研教育出版)。共著に『ファインダー越しの 3.11』(原書房)、『みんなたいせつ——世界人権宣言の絵本』(岩崎書店)などがある。JPS展金賞、視点賞などを受賞。現在は「境界を生きる人びとを記録し、分断を越える想像力を鍛えること」をテーマに世界各地で撮影を続けている。
Webサイト:http://www.shibuyaatsushi.com/index.html