【難民問題を学ぶ#02】30年以上続くケニア難民キャンプの現状。“ごみ”が未来を変える希望となるか
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アフリカのソマリアと南スーダンで勃発した内戦は30年以上も続き、現在も終息する目途がついていません。UNHCR本部が発表した年間統計報告書「グローバル・トレンズ・レポート 2023」によると、ソマリアはおよそ84万人、南スーダンは230万人もの難民を生み、その多くを隣国、ケニアが受け入れてきました。
ピースウィンズは、2012年からケニア難民キャンプへの緊急支援を開始。その後も給水インフラを整備する開発支援をはじめ、主に衛生環境の改善に努めてきました。しかし、現在、全世界的に人道支援は縮小傾向にあり、支援の方針にも大きな影響を及ぼしています。
今、ケニアの難民キャンプでは、どのような問題が起きているのか。また、ピースウィンズはどのような支援を行っているのか。ケニア事業部駐在員の佐藤健に聞きました。
参照:UNHCR|Global Trends report 2023
1日1食。全世界的な支援縮小の影響を受ける難民キャンプの課題
―― 現在、ケニアではどのくらいの難民を受け入れているのでしょうか。
ケニアには、難民が暮らすエリアが大きく3つあります。ひとつは、ソマリア国境付近の「ダダーブ難民キャンプ」。そして南スーダン国境付近の「カクマ難民キャンプ」と「カロベエイ難民居住地区」です。この3か所で、およそ77万人の難民が避難生活を続けています。
なかでもダダーブとカクマの難民キャンプは1990年代の初めに設立されて、もう30年以上も続いています。しかし、現在でも難民の流入は絶えることがなく、これ以上新たに難民を受け入れるのは困難な状況です。そこで2015年に、カロベエイに難民居住地区が新たに設置されました。
また、ここ数年は、ウガンダの難民キャンプで大幅な食料配給の縮小があり、生活が厳しくなったことで移動してきたという難民も増えています。
参照:UNHCR|KENYA Registered refugees and asylum-seekers
―― 難民キャンプから別の難民キャンプに移動することもあるのですね。
そうですね、ただ現実は食料も水も不足しているのはケニアも同じで、1日1食しか食べられないという世帯が少なくありません。全世界的に人道支援の予算が縮小傾向にあるなかで、アフリカのどの難民キャンプでも支援だけでは十分な食事を提供することができないという問題を抱えています。
そこでここ数年の支援の軸は、自立を促す生計支援にシフトしてきています。支援が縮小されたり、たとえなくなったりしても生きていくことができる、この持続可能な仕組みをつくることが、これからの支援の大きな柱となっています。
―― 支援は有限であると同時に、与えるだけが支援ではない、ということですね。
はい。たとえば、給水などのインフラ整備も進めながら、自分たちの食料を自分たちでつくっていく農業の知識と技術を伝えます。さらに栽培したものを売って、少しでも収入を得られるようになれば、それが難民の方々の生活を守っていくことにもつながるでしょう。
そのなかで、いまピースウィンズがケニアの難民支援において、持続可能な仕組みづくりとして新しく進めているのが、固形廃棄物の問題に取り組んだ「ごみの再生プロジェクト」です。
現在、ケニアの難民キャンプ周辺は都市化が進み、さらに流入し続ける難民に比例してごみも増え続け、大きな社会問題となっています。このごみをビジネスにつなげていくことができれば、環境を改善するとともに難民の生活そのものも変えていくことができるのではないかと思っています。
投棄されるごみの山がマラリアなど感染の温床に
―― 今ケニアでは、どのようなごみの問題が起きているのでしょうか?
難民キャンプ内には、いたるところにごみの山が点在しているのですが、それがとても不衛生で、環境面だけでなく、人びとの健康にも害を及ぼすまでになっています。
不燃も可燃も混在し、生活に不要になったものはすべて同じごみとして投棄されている状況で、ごみが溜まってきたら野焼きをして量を減らすということを繰り返してきました。
しかし、処理が追い付かずにごみの腐敗が進み、ウイルスを媒介する虫類が繁殖して、マラリアなどの感染の温床にもなっています。そのなかでも、特に大きな問題となっているのが“川”に捨てられるごみです。
―― 川がごみ捨て場になっているのでしょうか?!
厳密には、乾季で“水のない川”が、ごみ捨て場になっているという状況です。半砂漠地帯である同エリアには、雨季になると出現する川があります。その水がないときの川が、ちょうどくぼみになっているので、ごみが捨てやすいんですね。
しかし、雨季になると、そのごみの廃棄場所に水が流れ込み、ごみが下流に流されるという事態が起きています。ごみは難民キャンプ内を通り越してホストコミュニティの村まで流されることもあり、ケニア政府にとっても深刻な問題となっているのです。
―― 日本でいえば不法投棄ですが、アフリカではその意識がないんですね……ならば、埋め立て地にしたり、ごみ処理場を建設したりすることなどはできないのでしょうか?
それには巨額の投資が必要な上に、維持・運営していくにも莫大な費用がかかります。現実的に、いまの国連にもケニア政府にもその体力はありません。
大きな投資はできないし、見込みもない。そこでわれわれが提案したのが“リサイクル”です。
ごみを投棄して溜まってきたら燃やして量を減らすという習慣から脱却して、きちんとごみを分別してリサイクルできるものはリサイクルさせていく、そうした意識を広めていったほうが、問題の解決に近づけるのではないか。さらにその事業で難民たちの収入につなげていく仕組みができれば、難民もホストコミュニティにとってもメリットは大きく、環境汚染も食い止めることができるはずだと考えました。
循環型のリサイクルシステムが難民キャンプで実現できれば生活は大きく変わる
―― リサイクルするには、そうした工場も必要になってきますが、ケニアにはそうした施設はあるのでしょうか。
ケニアの首都ナイロビには、リサイクル企業が数社あり、国としても力を入れている産業になっています。こうした業者と連携して、難民キャンプで集められたリサイクルごみを換金するまでの仕組みは作りました。
しかし、カクマはナイロビから800kmも離れていて、リサイクルごみをナイロビまで毎回輸送していたらコストがかかりすぎて採算が合わないという問題が生じてきます。そこでこの事業を持続可能なビジネスとして成功させるために、今カクマの難民キャンプ内でリサイクルするまで完結できる仕組みができないか模索しています。これが今回のプロジェクトの大きなポイントです。
―― 難民キャンプ内にリサイクル工場を建設するということですか?
はい。ケニアでは、家を建築する際に土壁などが使われますが、シロアリによる被害が絶えません。そこでプラスチックによる建築資材が今、注目されはじめています。
私たちが考えているプロジェクトでは、このプラスチック廃材を集めて建設資材をはじめ、さまざまな新しいプラスチック製品に加工していく設備の導入を計画しています。
ごみでしかなかったプラスチック廃材を、新しい製品に生まれ変わらせて活用していく。この循環型のリサイクルシステムが難民キャンプで実現できれば、難民たちの生活は大きく改善されるはずです。
――これまでただ捨てていたごみが商品に生まれ変わり、自分たちの収入につながる。難民の人びとにとっては、夢のような話かもしれません。
今は、本当に地道にごみを回収して分別する作業を、ほぼボランティア同然で協力してくれています。
紛争や内戦の危機から逃れてきた難民の人びとは、支援されることが当たり前だと思われていますが、与え続けるだけの支援は持続的なものではなく、未来につながりません。しかし、この活動を続けていけば環境は改善され、さらに身につけた知識と技術は、祖国に帰ったときにも役に立ちます。一緒にこのプロジェクトを推進している難民の方々は、この未来を想像できているのだと思います。
難民キャンプのごみ問題は、誰もがなんとかしたかった
―― まさに未来につながる、未来を変えていく支援ですね。プロジェクトは現在、どこまで進んでいるのでしょうか。またこれまでどのようなプロセスが行われてきたのでしょうか。
プロジェクトは3年計画で進められ、現在2年目を迎えています。最初に着手したのは、難民の方々の意識改革でした。リサイクルするには、まずごみを分別することが必要になります。ごみは投棄するのが当たり前だった人たちにとって、分別することの意味を理解することはなかなか難しく、関心はないと思っていましたが、私たちが想像していた以上に難民の人びとはごみ問題についての当事者意識が高く、とても協力的にこのプロジェクトに参画してくれました。
―― 反対はなかったのでしょうか?
最初のミーティングで、活動自体は当分、ボランティアになることは伝えました。企業と連携して収入につなげるためには、ある程度実績が必要だからです。当初は反対されることも覚悟していましたが、彼らから「やらない」という声はあがりませんでした。
おそらく、ごみ問題については、誰もがなんとかしたかったのだと思います。ただ、なにをすればいいのか、なにができるのかがわからなかっただけで、今回のプロジェクトはそのきっかけになったのでしょう。
現在は、難民キャンプ内のマーケットエリアを中心にごみ箱を設置し、回収する仕事までを難民キャンプの人びとで結成された団体に任せています。さらに今では、ホストコミュニティの団体にもごみの回収を手伝ってもらっています。
―― 難民だけではなく、ホストコミュニティの方もプロジェクトに参加されているということでしょうか。
はい。カクマ難民キャンプもカロベエイ難民居住区も、特にフェンスなどの明確な堺があるわけではなく、ホストコミュニティの方々はキャンプ内に自由に入ることができます。
今回のプロジェクトでは、ホストコミュニティからも注目されており、協働して事業を進めている状況です。
―― プロジェクトは難民だけではなく、ホストコミュニティの人びとの生計支援にもなる。
難民を受け入れるアフリカの国の多くは、決して裕福な国というわけではありません。ホストコミュニティの人びとも苦しい生活を強いられているなかで、難民を受け入れている状況です。言い換えれば、難民問題と向き合うには、難民と、その難民を受け入れる側も支えていかなければ、難民キャンプそのものが立ち行かなくなる可能性もあるということです。
また、今回のような大規模な支援プロジェクトはNGOとしてはかなり新しい取り組みで、各方面からの関心も高く、注目されています。なにより現地からのニーズが高く、この事業が成功すればケニアだけでなく、アフリカの各地域にも広げられる、とても可能性のある支援なので、我々にとってもやりがいのある事業だと感じています。
アフリカの難民問題の未来を変えられるかもしれない、このプロジェクトのことをひとりでも多くの方に知ってもらい、ぜひ応援してもらえればと思っています。