【難民問題を学ぶ#01】難民とは?アフリカが受け入れる難民問題の実情
「村が襲撃され、家が焼き払われて命からがら国外へ逃げた」「武力闘争の銃撃に巻き込まれて家族が犠牲になり、家も破壊された」こうした現実が今、世界中で絶えることがなく、祖国や故郷を追われた難民が増え続けています。
1996年の設立以来、ピースウィンズはこの難民支援に正面から向き合い、不条理に命の危険にさらされている人びとを救うための支援活動を行ってきました。なぜピースウィンズは難民支援を続けるのか、その理由をひとりでも多くの方に知ってもらうために、難民問題について学ぶ連載をスタートします。第1回のテーマは入門編「難民とはどのような人びとなのか」。海外事業部アフリカ地域マネージャーとして同地域の難民問題に取り組む福井美穂に聞きました。
「難民」とは?「条約難民」だけではないピースウィンズの支援対象
―― 最新の国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のレポートによると、紛争や災害、迫害によって故郷を追われた人は、2024年5月時点で1億2,000万人を突破したことが発表されました(*1)。しかも、12年連続でその数は増加していると記されていますが、そもそも難民とは、どのような人びとを指すのでしょうか?
インターネットで「難民とは」と検索すると、第二次世界大戦後に採択された『難民条約』における難民の定義を紹介する記事が数多く表示されます。難民条約とは、1951年に採択された『難民の地位に関する条約』と、1967年に採択された『難民の地位に関する議定書』のふたつを合せたもので、そこでの「難民」は次のように定義されています。
「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」
引用:UNHCR|難民の地位に関する1951年の条約
第二次世界大戦や当時の世界情勢を反映した上記状況にあてはまる人たちは、一般的に「条約難民」とも呼ばれ、とても狭い定義といえます。この定義からすると、迫害を受けて逃げてきたわけではなく、紛争や災害によって国外に避難してきた人びとや、国内で避難している人びとは、「条約難民」には該当しない、ということになります。
現在のUNHCRは、迫害を受けて国外に逃れた「条約難民」だけでなく、紛争や災害によって生命が脅かされ、国外に逃げなければならなかった人びとも含めて支援対象の「難民」として支援しています。そしてこの「拡大された定義の下での難民」(広義の難民)のなかで国際的な保護・支援が必要な難民は4,340万人おり、「条約難民」よりも数は多いのです(*2)。
第二次世界大戦において、多くの人びとが宗教や人種などの理由から迫害を受け、国外に追いやられました。難民条約はそうした人びとを救うことを目的に制定されましたが、現在は、難民条約に定義されている難民は全体から見れば少数で、むしろ紛争や災害で国外に避難している難民のほうが多いのが実情です。難民が減るどころか増え続けているのは、絶えることがない災害と紛争が主な要因になっているからです。
*1)参照:UNHCR|「グローバル・トレンズ・レポート 2023」 UNHCR、急増する強制移動に対する無関心と行動の欠如に警告
*2)参照:UNHCR|数字で知る難民・国内避難民の事実
「国内避難民」とは?保護・支援が必要なのは国外に逃れた難民だけではない
―― では、国外に避難しなくても、国内で避難されている人びとは、難民とはよばれないのでしょうか。
国際的に国外に逃れて難民として登録された人びとを「難民」と呼ぶのに対し、迫害や紛争、災害などの同じ理由で国内の別の場所に避難している人びとは「国内避難民」と呼び、UNHCRをはじめとする国際社会は同じく支援の対象としています。
国外に出ていない人たちは、多くが国外に出る手段がない、経済力がない、障害や病気で動けないなど、その脆弱性は時に難民よりも高い状況下にあるといえます。国境を出ているか出ていないかだけの違いで、避難しなければ命をつなげることができない危機的な状況にあることに変わりはなく、国外避難のほうがハードルが高いことを鑑みても世界的に難民よりも国内避難民のほうが数はずっと多いのです。2023年の統計をみると、国内避難民の数は6,830万人にも及びます(*3)。
ピースウィンズは、国外に避難せざるを得なかった「難民」と、この「国内避難民」、さらに「帰還民」も含めて難民支援を行っています。
*3)参照:UNHCR|数字で知る難民・国内避難民の事実
「帰還民」の支援も難民支援の重要なプログラムのひとつ
―― 「帰還民」とは、どのような人びとなのでしょうか。
UNHCRは、難民問題に対して以下の3つの恒久的解決策を提案しています(*4)。
①自主帰還(自国へ帰る)
②庇護国(逃げた国)
③第三国定住(先進国など第三国へ定住する。本国への帰還・受け入れ国への滞在が不可能である場合に実施)
避難した人びとにとっても①の自主的に帰還できるのが一番良いことは想像に難くありません。国内外に避難していた難民・国内避難民が、ある程度、紛争や災害が収まり、安全が確保できたことで、それぞれの故郷に戻った難民のことを「帰還民」といいます。
しかし、安全になったとはいえ、戻ってもすぐに生活できる環境ではないことは多く、自然災害あるいは紛争で村や街は破壊されたわけですから、ふたたびその地で自力で暮らせるようになるためには、村や街の復旧・再建が必要です。
ピースウィンズでは、帰還民が元の暮らしを取り戻せるまでも難民支援の一環と考え、帰還民の生活をサポートする支援プログラムも行っています。
*4)参照:UNHCR|恒久的解決策
「難民キャンプ」とは?ホストコミュニティも困窮する難民キャンプの実情
―― 難民の避難先として、難民キャンプがあります。難民キャンプとは、どのようなものなのでしょうか。
大人数で避難してくる難民を受け入れる国が一時的に支援するには、一時措置として難民キャンプをつくって受け入れます。受け入れ数が一政府が対応するには多すぎる場合には、国際社会が一緒に支援を行います。
―― 難民キャンプでは、難民の人びとの安全は守られているのでしょうか。
たしかに難民キャンプの周辺には、危険な地域もあります。場所によっては、治安もいいというわけではないので、現地で支援するピースウィンズのスタッフも、活動する場所によっては注意が必要な場合もあります。
しかし、難民キャンプは、受け入れる側の国が指定した場所に設営され、その場所は安全性が確保できることが条件とされています。危ないところから逃げてきた人びとを守ることが難民キャンプの目的ですから、命に関する最低限のセキュリティは守られています。
ただし、受け入れ政府としては難民を受け入れるのは、あくまで一時的なものなので、そのため居住空間はテントや、ブルーシートで覆っただけのシェルターなど、簡易的なものになるのが一般的です。
また、難民とホストコミュニティ(難民・避難民が来る前からその地に住んでいた人びと)が共生するというウガンダの寛容な難民政策のような例外はありますが、難民はそれぞれ指定されたキャンプ内でのみ生活し、一時受け入れ国ではキャンプ外へ自由に移動することは多くは許されていません。
―― 難民は国外に逃れたとしても、自由があるわけではないんですね。
難民を受け入れる側としては何十万人もの難民が突然やってきて、自由にどこにでも行けるようにしてしまうと、国によっては治安面での不安もあります。場所によっては多くの元兵士がいることで治安が悪化することを心配する国もあります。
難民キャンプがなくなってしまうと、命からがら逃げてきても、多くの難民が行き場を失うことになるため、入国を拒まれた人びとを追放したり送還することを禁止する「ノン・ルフールマン原則」という国際法上の原則もあります。しかし、国際社会として人道的に間違っていると批判することはできますが、国際協力が前提にあるとはいえ難民の受け入れは他国が決められることではなく、最終的には受け入れる側の国の判断になってきます。難民を受け入れるには、多くの負担がかかるからです。
難民の受け入れ国が抱える負担とは?
―― 難民を受け入れることで、具体的にはどのような負担があるのでしょうか。
この問題の根底には、難民を受け入れる国の75%が中低所得国、つまり決して裕福ではない開発途上国が多くの難民を受け入れているという現状があります(*5)。特にアフリカの難民は、世界中の難民のなかでももっとも脆弱性が高いといわれています。
ケニアなどでは、大勢の難民が流入したことによってごみが大量に発生し、社会問題になっています。またホストコミュニティでは、各家庭にトイレがかならずあるというわけではなく、屋外排せつも多い生活環境です。不衛生な上に、排泄物が雨水などと混ざって散乱してしまうことでコレラなどの感染症蔓延のリスクが高まり、もともと医療体制も脆弱なため、感染症を食い止めるどころか、それほど重い病気でなくても命を落としてしまう環境も大きな課題となっています。
さらに、アフリカは気候変動の問題もあります。アフリカの温室効果ガスの排出量は、欧米、アジアの先進国に比べてはるかに少ないにもかかわらず、その影響をもっとも強く受け、干ばつや洪水など毎年大きな自然災害が各地域で繰り返し起きています(*6)。
こうした要素が重なり、もともと生活・経済環境も脆弱なアフリカの国々に、何十万、何百万人という難民が押し寄せているわけです。
そのため各国の力だけでは難民を受け入れることは難しく、だからこそ難民問題を解決するには、UNHCRや、ピースウィンズのようなNGOの協力が必要不可欠になります。
*5)参照:UNHCR|数字で知る難民・国内避難民の事実
*6)関連記事:気候変動と闘う。アフリカ・ケニアで起きている“不公平な”人道危機とは
―― なぜ経済的にも厳しい国々が難民を受け入れているのでしょうか。
人道の面から協力的な基本姿勢もあります。自国の安全や困窮具合を考えれば、実情としては難民が“来てしまう”ため、受け入れざるを得ない状況が多いともいえるかもしれませんが、難民を追い返すことはなく、その姿勢はいつも尊敬しています。
―― 追い返せば、難民の多くは命を失ってしまう……
難民問題に向き合う上で、忘れてならないのはこうしたホストコミュニティの存在です。困っている人がいれば助ける。アフリカの多くの国には、こうしたメンタリティが根付いています。
なかでもウガンダは、貧しい国であるにも関わらず、世界で3番目に多くの難民を受け入れています。ウガンダの難民居住区をはじめ、多くの難民キャンプは、こうしたホストコミュニティの尊い精神性の上に成り立っているのです。だからこそ、難民だけでなく、難民を受け入れることで困窮するホストコミュニティの人びとも助ける必要があると、私たちは考えています。
長期化する難民生活。それでも祖国に帰る希望をあきらめない
―― 難民問題を解決するには、どうすればよいのでしょうか。
長期化する難民問題を、根本的に解決するためには、その原因である迫害や紛争をなくすことが必要ですが、紛争は長期化し、終息する未来が見えてきません。しかし、ほとんどの難民の人びとは祖国、故郷に戻れることを信じ、望んでいます。どんなに紛争や災害で傷つき絶望感にさいなまれても、それぞれの祖国へ、生まれ育った故郷に帰ることを願っています。それが何年かかっても、です。
難民問題は長期化していくことで難民の存在は人びとの記憶から薄れていき、支援する側も疲弊して、ここ数年は世界的に支援する資金が縮小傾向にあります。
しかし、帰還を、そして未来をあきらめない難民のひとたちがいる以上、私たちもあきらめるわけにはいきません。難民の「祖国、故郷に帰る」というささやかな希望を失わせることなく、かなえるために支援を続けていくことが私たちの使命だと思っています。