【ウクライナ それぞれの4年(3)】ハリーナ・ツィンバリュクさん(救急医)――危機的な状況で働く医療従事者の育成が急務

ロシアによる攻撃が続く中、前線で傷つく人々を助ける医療従事者も大変な思いをしています。どんな課題に直面しているのか、JICA(国際協力機構)の研修プログラムで来日して、ピースウィンズの空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”などで研修を受けたウクライナ緊急災害医療センター教育部門長で救急医のハリーナ・ツィンバリュクさんに聞きました。
海外へ、国内では対応しきれない患者を移送
――ウクライナ健康省の国立緊急災害医療センターで教育部門を率いていらっしゃるわけですが、現在の課題はどんなことですか?
ツィンバリュク医師:ロシアによる侵攻が始まって4年、危機的な状況が続く中で最大の急務は人材の育成です。国内各地でミサイルやドローンによる爆撃が増える中、危険な環境下でも働くことのできる医療従事者を養成しなくてはなりません。私たちの緊急災害医療チームは前線に近いウクライナ東部ヘルソンをはじめとする非常に危険な地域にも出動します。こうした地域での重篤な外傷患者の治療とそこから外への移送に適切に対処するには、教育訓練が欠かせません。
最近、特に問題になっているのは、ロシアのドローンが救急車を狙ってくること。大勢の人を乗せたバスが攻撃されて、その救助に向かった救急車がドローンに攻撃されるような「ダブル・ストライク」が大きな問題になっています。戦争が始まってから約300台の救急車が破壊されました。今年に入ってからも、キーウ市内で私たちのチームの救急救命士がドローン攻撃で命を落としました。ですから、アプローチを変えないといけない状態になっているのです。
――アプローチを変えるとは、どういうことですか?
ツィンバリュク医師:たとえば、ドローンの動きをリアルタイムで知らせるアプリがあるので、そういうものを使って刻々変化する状況に合わせて救急車ができるだけ安全なルートで走れるように注意をしています。ヘルソンでは道路にドローン防御ネットがかけられているところもあります。完全に防ぐことはできませんが被害を減らすことはできます。
――なるほど。他にどんな課題に対処していますか?
ツィンバリュク医師:キーウやドニプロ、ハルキウといった人口密集地での被害も増えていますから、大量の負傷者が出るような事態にどう対処するかの備えと対処訓練も急務です。2024年7月にキーウの小児病院が攻撃されて大きな被害が出た時のことを覚えていますか? 病気や怪我をした子ども、そして乳児を抱えた母親たちを守りながら他の病院に移送しなければなりませんでした。あの時は本当に何をどうすれば良いかわからなかった。非常に大きなチャレンジでした。
また、各地で病院が攻撃を受けて壊されているために、重症患者を移送しなければならないケースが増えていて、これも大きな問題になっています。前線地域からウクライナ西部へ、さらにはポーランドやドイツ、ノルウェーなど海外へ、今のウクライナ国内では対応しきれない患者を移送しています。
これまでで一番長かったのはウクライナ東部からドイツまでの車での移送で、これには24時間以上かかりました。2500キロの移動です。移送したのは7年間呼吸器を使い続けている子どもの患者で、国内では処置できませんでした。前線地域では重症の火傷の患者が多く、ザポリージャなどから毎日のように患者を移送しています。そのために、寝ている患者4人に加えて座れる患者数人を同時に運ぶことのできるバスを持っていますが、こうしたオペレーションに対応できる人材も育てる必要があります。
電力インフラが攻撃を受けて、ウクライナではいま毎日のように停電が起きています。このため、マイナス20度という厳しい環境で階段が凍ってすべりやすいなど、私たちの日々の移動と患者の移送には、本当にさまざまな危険が伴います。

ロシアンルーレット
――戦争という非常事態のもとでの生活は厳しいと思いますが、4年もの時間が経ってどんなことが起きていますか?
ツィンバリュク医師:毎日がロシアンルーレットです。戦争が始まって間もない頃は攻撃が予想される警報が鳴ると、みんな地下のシェルターに避難して長い時間を過ごしていました。でも私たち大人には仕事があるし、子どもたちには学校がある。すべての時間をシェルターで過ごすことはできません。戦時下での暮らしが4年にもなると、たとえば夜寝ていて警報が鳴ったり、ドローンの音が聞こえたりすると、目を覚まして、たまには「窓がなくて壁がふたつある」トイレや廊下に避難しますが、そのままやり過ごしてしまうこともあります。ロシアンルーレットで言うなら「拳銃に弾が入っていないこと」を祈って暮らしているようなものなのです。
――研修で来日されている今、警報やドローンの音が聞こえない生活はどうですか?
ツィンバリュク医師:日本に着いてからも緊張は解けません。ホテルで夜サイレンやバイクの轟音がすると緊張します。バイクのエンジン音はドローンに似ているからです。あるいは、物が落ちる音でも驚くことがあります。私の弟は戦争が始まってからずっと兵役についていてまだ戻ってきません。彼の無事を祈らない日はないし、26歳の息子が兵役に取られることもあり得るわけですから、どこにいても心が休まることはありません。
――今回の研修では、千葉県にある量子科学技術研究開発機構(QST)で放射能汚染の検査や被ばく線量の評価の仕方、除染方法など実習も含めて、放射線災害に関する研修を受けられました。参加したみなさんが真剣に取り組んでいたのが印象的でしたが、放射線災害は現実の脅威と受け止めているからでしょうか。
ツィンバリュク医師:はい。ウクライナには現在稼働中の原子力発電所が4つと1986年に事故を起こしたチェルノービリ原子力発電所があります。いつ何が起きても不思議ではない状況です。実際、今年1月にもチェルノービリ原子力発電所の安全に不可欠な変電所がドローンによる攻撃で被害を受けました。日本にはフクシマの教訓があり、私たちにはチェルノービリの経験がある。また日本は洪水対処の経験も豊富です。私たちもカホフカダムの破壊による洪水を経験しました。互いに経験を共有して、次の危機に備えたいと思っています。実習はとても重要です。いくら本を読んでもわからないことは多いですから。

――日本から参考にするのは、たとえばどんなことですか?
ツィンバリュク医師:日本には全国統一基準があったり、全国規模で連携できる制度になっていることが多いのに対し、ウクライナは制度が州ごとに違ったり、取り組みが省庁、警察、病院などバラバラで集約的なトレーニングが少ない。ひとつの例はOSCE(客観的臨床能力試験)です。日本は統一試験だと聞きましたが、ウクライナは14の医学大学ごとに試験が違います。こういう点も日本を参考にしたいと思います。



――なるほど。最後にどうして医学を志したのかお聞きしていいですか?
ツィンバリュク医師:家族全員医者なんです(笑)。父は外科医、母は眼科医、妹は婦人科医、息子は歯科医です。私は救急医療が好きです。命を救いたいから。

ピースウィンズのウクライナ支援事業は、みなさまからのご寄付やジャパンプラットフォームからの助成金、外務省のNGO連携無償資金協力によって実施しています。引き続き、温かいご支援をよろしくお願いします。
【取材・文】
草生 亜紀子(くさおい あきこ)
The Japan Times記者、新潮社『フォーサイト』副編集長などを経て独立。ピースウィンズ海外事業部の業務を行いつつ、フリーランスで執筆や翻訳をしている。著書に『理想の小学校を探して』『逃げても 逃げてもシェイクスピア』、中川亜紀子名での訳書に『ふたりママの家で』がある。
(1)イグナット・トゥレンコさん――前線付近からペットの救出活動を続ける
(2)テティアナ・プロホトニク――「新しい生活」に適応しようとするウクライナの人々を支える
(3)ハリーナ・ツィンバリュクさん(救急医)――危機的な状況で働く医療従事者の育成が急務

