イラクにおけるシリア難民支援の現在。世界的に資金が縮小していく人道支援の現場でいま何が起きているのか?


ピースウィンズでは、2018年以来、シリアの内戦から逃れてきた人びとが暮らすクルド人自治区の7つの難民キャンプにおいて、人道支援活動を続けてきました。物資支援など日々の生活を支えるだけでなく、難民の方々が将来的に自立して生活していけるような職業訓練プログラムなども実施。支援内容は多岐にわたり、過去7年間で障がい者や子どもも含めた10万8,000人以上のシリア難民をサポートしてきました。
10年以上続いた内戦は、2024年12月の政権崩壊により終息を迎えましたが、長年の紛争により人びとの心は深く傷付き、街も破壊され、これからも支援が必要です。しかしその支援が、大きな岐路に立たされています。
世界的に資金が縮小傾向にある人道支援の現場では、いま何が起きているのか?イラクでシリア難民の支援活動に携わってきた現地スタッフに、これまでの支援と現状について聞きました。
テント暮らしから安全・安心して暮らせる住宅へ
イラクの夏は気温が47度を超える猛暑になり、年に2回ある雨季には激しい降雨に見舞われます。ピースウィンズが、イラクのシリア難民支援を始めた頃、多くの難民はテントや老朽化したシェルターで暮らしていました。

そこでピースウィンズは、難民の生活を建て直すために、テントに代わる、安全で安心できる住宅の建設に着手。電気や水道設備のインフラなども整備しながら、まずは生活の拠点となるイラクの厳しい気候に耐えられる生活環境を整えました。
最初の2年間で、テントからコンクリートのブロック造りの恒久的な住宅へ移行できた世帯は、1,493世帯にものぼります。

2011年にシリアの自宅からイラクへ逃れてきたアマルさんも、そのひとりです。アマルさんは、夫を失って未亡人となり、のこされた子どもたち4人をひとりで養っていかなければならない状況でした。当時のことについて、アマルさんはこう振り返ります。
「難民キャンプに到着したばかりの頃は、本当に苦労しました。水も電気もなく、雨季になるとテントのなかはいつも水浸し。生活に必要な水は毎日遠くまで汲みに行かなければならず、さらに子どもたちを養うために働かなければならかったのですが、なかなか仕事はもらえず、日々生きていくだけで精一杯の状況でした。そんなとき、ピースウィンズが生活環境を改善してくれたことで生きる希望を持てるようになりました」
日常的な不安をなくすと同時にピースウィンズが実施したのが「キャッシュ・フォー・ワーク」の支援です。職業訓練を受けながら自分たちの家を建て、それを仕事として収入を得るというプログラムです。

このプログラムは、地元のエンジニアの指導のもと、段階的に建設の基本的な知識とスキルを学んでいきます。プログラムで身につけた新しいスキルは、将来的にほかの仕事を得る機会にもつながり、支援に依存せず自立して生きていく未来にもつながっていきます。2018年以降、このプログラムを通じて17,097人の難民が短期労働者として働き、報酬を得てきました。
「助けがなければ、このシェルターの改修に10年かかっていたかもしれません」とアマルさんは言います。現在、アマルさんは、稼いだお金の一部を使って自宅に小さな店を開き生計を立て、4人の子どもたちと暮らしています。
障がいを持つ難民のアクセシビリティと自立

多くのシリア難民が安全で安心して暮らしていける家で生活できるようになっていった一方で、課題となっていたのが、障がい者や高齢者などのサポートです。難民キャンプでの医療サービスは決して十分なものではなく、さらに環境面においても日常生活は難しいものでした。
たとえば、アクセシビリティの問題。雨漏りのしない家を手に入れても障がい者によってはバリアフリーではないと、家族のサポートが必要になってきます。そこでピースウィンズは、プログラムのなかに、バリアフリー対応のトイレやシャワーの設置、さらに車椅子用スロープや手すりの改修工事なども盛り込んでいきました。
こうした誰一人取りこぼさない方針のもと、障がい者や高齢者にも寄り添う支援は、家族の介護負担を大幅に軽減させることにもつながり、家族がそれぞれより仕事に励み、子どもたちは学校での勉強に集中できるようになったといいます。

ピースウィンズは、キャンプ内の学校をはじめ、モスクや保健センターなどの公共スペースのアクセシビリティを改善する、合計142件の建設プロジェクトを実施。障がいを持つ家族、3,628世帯のシリア難民が、キャンプ内でも安心して暮らすことができる環境が整えられていったのです。


女性も含めたすべての人に生計の機会を
ピースウィンズの「キャッシュ・フォー・ワーク」プログラムのなかで、もうひとつ大きなテーマとなっていたのが女性の自立支援です。7つの難民キャンプそれぞれに職業訓練センターを開設し、特に女性の職業訓練と就労機会の提供に力を入れてきました。
難民の人びとを対象に、溶接、大工、電気工事、配管工事など、イラクのクルド人自治区で成長産業となっている建設関連分野の講座を実施。これらの訓練には合計8,179人の難民が参加し、そのうち2,360人が女性です。

シリア難民には、世帯主となって家族を支えなければいけない女性が多く存在します。しかし、男性に比べて女性は労働力として認められず、なかなか仕事をもらえないのが現実です。
スタッフは、そうした難民の女性たちと協力し、彼女たちのニーズや関心に合わせたプログラムを開発。当初は、建築のような男性優位の分野に参入することに抵抗感を抱いていた人もいましたが、自分と同じような女性がリーダーシップを発揮しているのを見て、研修コースやプログラムへの参加を決意する人が、少しずつ増えていきました。

ピースウィンズのイラクにおけるスタッフも約半数は女性です。エンジニア、難民コーディネーター、職業訓練インストラクターなどが含まれ、彼女たちの多くはかつて難民でした。
さらに2022年には、障がいのある研修生向けに特別に設計された職業訓練の試験的実施を開始しました。全403のコースのうち、 159は特別に障がいのある難民向けに設計。このプログラムは大きな成功を収め、障がい者も自立して暮らしていく実践的なスキルを習得しただけでなく、参加者からは訓練が一種の作業療法として機能したという報告もありました。

女性の難民が、工具センターの工具と大工コースで学んだ技術を使って、自宅用のキャビネットを製作している
また、職業訓練センターのなかには、工具センターも設置し、難民に工具を無料で貸し出すサービスも展開しました。それまでは、近隣の都市まで行って工具を借りなければならなかったのですが、キャンプ内に設置された工具センターのおかげで、時間と費用の両面で節約できるようになったのです。

「家を建てるためのたくさんの建築工具を貸してくれて、本当に助かりました」と、ファリヤルさんは言います。2012年にシリアのカミシュリーから逃れ、現在は夫と6人の子どもと共にイラクの難民キャンプで暮らす彼女は、日雇い労働者として働く夫にとってこれらの工具がとても役立っていると話してくれました。
「夫の仕事は不安定で、工具を借りる余裕はありません。ピースウィンズが工具を提供してくれたことに感謝しています。今では、いとこが(工具センターで借りた工具を使って)庭造りを手伝ってくれています」
過去7年間で、84,000人以上の人がピースウィンズの工具センターから工具を借りてきました。
米国の資金凍結の影響
ピースウィンズの活動は、難民の自立を支援する上で大きな成果を上げ、地域社会からも好評だったこともあり、昨年秋にはプログラムをさらに拡大して支援してほしいという要請を受けました。シリア難民キャンプ7ヵ所に加え、「イスラム国」による大量虐殺と宗教的迫害から逃れてきたイラク国内避難民ヤジディ教徒のためのキャンプ4ヵ所でも、同じような支援活動をしてもらえないかと、現地政府から奨励を受けたのです。
しかし、これまでシリア難民と国内避難民ヤジディ教徒双方を対象に、職業訓練と現金給付型労働機会の提供、そして雇用主との見習い制度を拡大するための基盤を築いてきましたが、米国政府による突然の資金凍結により、これらの活動を継続していくことが難しくなりました。
なんとか活動を続けられるように交渉しましたが事態は変わらず、結局、ドホーク州アルビルにある主要事務所もクローズし、イラクにおける活動の大部分を終了せざるを得なくなったのです。
もし私たちのプログラムが実施されていれば、ピースウィンズは2026年9月までに4万人以上のシリア難民とヤジディ教徒のイラク人を支援できたはずです。約250件の新たな建設プロジェクトはストップし、職業訓練や見習い制度に登録した3,200人の男女に加え、短期労働者として予定されていたおよそ600人の雇用もなくなってしまいました。

同時に、ピースウィンズのシリア難民支援を担ってきた70名以上のスタッフ(その多くは難民)もフルタイムでの直接雇用者を数名にまで縮小し、現在はほかのドナーの支援を受けながら、いくつかの小規模な取り組みをイラクにて継続しています。
資金調達ができなければ、人道支援活動を続けていくことは難しくなります。いま世界中で国際人道支援に関連する資金は縮小傾向にあり、今回の米国政府による資金凍結をきっかけにその勢いは加速度的に広まりつつあります。
それでも私たちは、紛争や災害で苦しむ難民が存在する限り、あきらめずに支援を続けていく方法を考え続けていきたいと思います。
