一刻の猶予もないパレスチナ・ガザ地区の人道危機。飢餓リスクは極限まで高まっている


2025年5月16日、イスラエル軍はパレスチナ・ガザ地区における軍事作戦の拡大を発表し、18日にはガザ地区北部と南部への大規模な地上侵攻を開始しました。同日だけで少なくとも153人、16日からの3日間では500人以上が死亡するなど、民間人の犠牲は一層増え続けています。
今回の攻撃を受け、パレスチナ支援の事業責任者である矢加部は、ガザ地区の現況についてこう話を切り出しました。
「本当に、これ以上どう表現すればいいのか、言葉が見つかりません。何をどういえばこの危機的な状況は伝わるのか……」
パレスチナ・ガザ地区の人道危機は、一刻の猶予もありません。今、ガザ地区はどのような状況なのか、矢加部に聞きました。
取り返しのつかないレベルまで破壊が進んでしまう

2年前の2023年10月7日に両国の戦闘が激化して以降、比較的早い段階から「過去最悪」という表現を何度も使ってきました。言い換えれば、これより悪化することはあってはならないという想いの裏返しでもありましたが、その状況は、加速度的に悪くなっていく一方で、これ以上、現在の状況をどのように表現すればいいのか、わからないというのが正直な気持ちです。ガザ地区の90%の人が飢えに苦しんでいる、それが95%を超えたと言っても、この危機的な状況は伝わらないのではないかと。
ガザ地区は、2023年の時点ですでに人が尊厳を持って住める水準ではありませんでした。度重なる攻撃や封鎖ですでに水、食料、エネルギー、そして経済状況に至るまで、あらゆる面で限界を突破していたところに、さらに追い打ちをかけるように今回の大規模攻撃は実行されたのです。
今年の1月15日に6週間の停戦に関する合意が成立し、少し希望が見えたようにも伝えられましたが、現実は大規模な攻撃こそなかっただけで、停戦期間中に状況が改善したという実感はありません。一時的に搬入される物資が増えたといっても飢えている人がゼロになったわけではなく、破壊された家で生活している人びとの状況が変わることはありませんでした。
1日に百人単位の命が奪われる“非常事態”が“日常化”している

5月18日にイスラエル軍が、北部と南部に大規模な地上侵攻を開始しましたが、この日だけで少なくとも150人以上が死亡したと伝えられています。これまでにも“大規模侵攻”といわれた攻撃が何度も行われてきましたが、今回はそれらを上まわる、過去最大規模と言われています。イスラエルによる攻撃は、ガザを実効支配するハマスの壊滅、そしてガザ地区を支配下に置き、そこからパレスチナ人を追放するために、これまでにない圧力をかけるという意図がみえます。
停戦交渉のなかでも、イスラエルはあくまでもハマスの非武装化、そしてガザ地区からの撤退を停戦の条件としていますが、ハマスは当然それに応じることはできず、恒久的な停戦が実現されなければ、人質も解放しないと主張。互いに譲れない条件のへだたりは大きく、停戦交渉は膠着状態が続いていました。この状況を打開するために、イスラエル軍は今回の大規模攻撃を仕掛けたと考えられています。
ハマス指導者が殺害されたという報道もあり、もしかしたらどちらかが方針を転換させて事態が大きく変わる可能性があるともいわれています。
ただ、私たちが懸念すべきことは、両者が駆け引きをしている間にも、ガザの人びとの命が失われ続けているという現実です。1日で百人単位の人が亡くなっている、その“非常事態”が“日常”になってきてしまっています。限りない数の民間人が犠牲となり、国連の調査によれば、ガザ地区の7割の建物が破壊されたという報告もあります。このままの状況が続けば、もう本当に取り返しのつかないレベルまで破壊が進んでしまう。本当にかつてないほどの危機的な状況に、ガザの人びとは追い詰められています。
平均一日一食半。小麦粉の価格は3,000%も上昇

パレスチナ・ガザ地区は、およそ日本の名古屋市や福岡市と同じくらいの面積のところに、約210万人ぐらいの人がいるという非常に人口密度の高い地域です。さらに現在はそのうちの7割が“No Go Zone”といわれる、民間人や国連機関の人ですら自由に出入することができない危険区域、もしくは退避命令の出された地域に指定されています。つまり、いまガザの人びとは、紛争によってもともと人口密度の高い地区のなかのさらに30%の地域に押し込められようとしています。
今回の地上侵攻を受けて、どれだけの数の人が避難したのか、まだ正確な数字はわかっていません。ただ3月に停戦が破られて以降、再避難を余儀なくされた人が少なくとも40万人いると言われています。そしてガザ地区の9割の人は家を失い、いわゆる“域内”避難民になっていましたが、そこからさらに退避命令を受け、移動を強制されているという状況です。

3月上旬からは、実質的にあらゆる支援物資の搬入が止まっており、人びとの飢餓リスクは極限まで高まっています。2月末から4月末にかけて小麦粉の価格が3,000%も上昇し、人びとは平均一日一食半しか口にできず、92%の妊産婦が必要な栄養を入手できていません。
飢餓のリスクについて、これまで何度も訴えてきましたが、このままではガザの人びとは飢えてしまうという段階を通り越して、すでにその飢えが始まっています。
ガザの人びとの命を救うためには、武力の行使を停止して対話を重ねることでしか道筋はありません。そのためには、いまガザで何が起きているのか、ひとりでも多くの方に関心を持っていただき、私たちとともにあきらめずに停戦を呼びかけてくださることを願っています。
大規模な地上侵攻の即時停止を強く求める

2023年10月にガザ地区への大規模攻撃が始まって以来、ピースウィンズは、日々最悪を更新し続ける情勢の中で、食料や衛生用品、安全な水などを、避難生活を送る人びとに届けてきました。
ピースウィンズの現地スタッフや提携団体スタッフなどの関係者は、自らも紛争の被害者でありながら、現場で懸命に支援活動にあたっています。
ガザ地区中部で障害者の支援を共に行ってきた提携団体のスタッフからは、このようなメッセージが届きました。
「このような状況は『ジェノサイド』という言葉をもってしても伝わりません。一時間後に自分たちがどうなっているかも分かりません。以前は、一つの事業が完了する度に、支援を受け取った人びとの表情を見ると、幸福感を覚えていました。しかし今、膨大な支援ニーズ、限られた資源、そして封鎖という厳しい現実を前にすると、私は、どれだけ懸命に努力しても、何の変化ももたらせていないのではないかと感じます。一日も早く、停戦の知らせが来ることを願っています」
一部報道では、物資の搬入が限定的に再開される見通しが伝えられていますが、ここまで人びとの生命が脅かされている状況においては、物資の部分的な搬入許可だけではなく、停戦が実現しなければ人びとの命を救うことは困難です。
これ以上の民間人の尊い命が失われることのないよう、すべての当事者に対し、即時停戦と、対話による平和的な解決を強く求めます。
ピースウィンズ・パレスチナ事業責任者
矢加部 真怜
